低体温症は恐い
自然は美しいものです。冬の晴れた日の朝、我社からは雪をかぶった山々の頂きを遠くに見ることができます。私にとっては仕事前の安らぎとなっています。
一方、自然はその美しさ以上の厳しさを持っています。
毎年、冬山登山をする方が寒さのため動けなくなり、救助されたとの報道を耳にしますが、
これは主に低体温症によるものと考えられます。
通常、人の体温は36.5 ± 1℃程度に保たれていますが、体温が低下するとどうなるのでしょう。
各体温における症状の変化を載せておきます。
低体温症といえば、私も思い出すことがあります。
皆さんには決して経験してほしくないと思い、そうならないための対策も含めて、お話することにしました。
2008年8月15日 真夏のフランス南東部イタリア国境に近いイゾアール峠(標高2360m)を
私は自転車で登っていました。188kmの自転車ルートを含むトライアスロンのレースに参加していたのです。
スタートから100km地点にあるこの峠の気温は2℃、空は曇り。
夏だったのでふもとの気温に合わせ、冬服ではなく夏服を着ていました。
峠を超え、下りに入ってしばらくすると天候が急変し、
今までの曇りだった空は、小雨がぱらつきはじめて間もなく、激しいみぞれになりました。
寒さはそれほど感じなかったものの、やけに自転車の前輪が震えているな、と思い
少しスピードを落とし、その震えが自分の二本の腕からきていることに気付いた直後、
体中に猛烈な震えと寒さがやってきました。
「これは耐えられない。早くふもとに下りなければ」そう思ったのですが、
体中が震えて言うことを聞かないばかりか、寒さのため視線が定まらず、
スピードを落とさざるを得なかったことを覚えています。
坂を下っている間にも絶え間なく降るみぞれがとけて服にしみ込んでいき、
同時に風が私の体温を奪っていくため、ますますスピードは落ちていきました。
軽快に走るために少しでも荷物を減らそうとウィンドブレーカーを持ってきておらず、
胸には風よけのための折り畳んだ新聞紙を入れただけだったことを心の底から後悔しました。
さらにみぞれが雪に変わり、気付くと腕に雪がうっすらと積もっているではありませんか。
「これは本当にまずい」 すぐ横に今まで感じたことのない「恐い何か」が居ることを感じました。
停まって休むことはできるのですが、そうしている間にも体温は奪われます。
さらにレースだから時間制限もある、だから停まれない、でも体は動かなくなっていく・・・。
何か食べれば体温が上がるはず、と思い、持っていた補給食を食べました。
しかし逆に寒気がひどくなり、寒くなる理由がわからないことによる不安
(消化のため、体内の血流が胃に移動したため)、その時点での残りの距離が80kmという
途方もない絶対量への絶望、少しでも前に進まないと大変なことになる、との気持ちの混乱の中、
「動いていれば熱が生まれる」と信じて、とにかくペダルを回し続けました。
おそらく体温は35℃を切っていたのではないでしょうか(先程の表を参照)。
幸いなことに必死でペダルを回していた1時間ほどの間に雪がみぞれになり、
みぞれが雨に、そして小雨に変わっていき、残り30kmを過ぎる頃には曇りになっていました。
同時に食べ物の栄養が体に回ったせいか体の震えも収まり、自転車を終え、その後なんとかフィニッシュすることができました。
その後も何度か低体温症に陥ることがありましたが、この時ほど怖かったことはありません。この経験から私は寒い屋外で長時間活動する時には起こり得る「低体温症」に備えておかないといけないと考えるようになり、いろいろと試行錯誤して得られたものを、今回皆さんにお伝えしたいと思います。ぜひご参考ください。
<低体温症にならないために>
・行動当日の朝食にタンパク質を摂る。植物性ではなく、卵、肉といった動物性のものを摂る。
可能であれば脂肪分(バター、オイル)を多く含んだ食品も摂る。
・活動中は一度に食事を摂り過ぎない。お腹が減る前に食べる。例えばアラームをセットするなどして、
規則正しく、少量づつ食べ物を摂る。
・真夏でも標高の高い所へ行くときは、必ずウィンドブレーカーを持って行く。
・下着、手袋はハイテク素材のものをお金に糸目を付けず購入し用いる。
・頭と首を覆える帽子や布を持つ。
・衣服を着ることができない、または身に着けたくないとき、腕や脚、首や腰、胸やお腹にオリーブオイル、
さらに寒いところに行く場合はワセリンを塗る。
薬局などでホットクリーム(塗ると温かくなるクリーム)を買ってぬる。
ただし、これは唐辛子成分を含むことが多いため、事前に皮膚がどうなるか確認しておく。
・その土地の気候の特性を十分に知る。(年中晴れでも1日か2日大荒れ事がある、など)。
・安全な所で、日頃から寒さについて自分がどう感じるか試しておく。
・「寒さに負けない!」と思える心を持つ同時に、もうダメと思う前に止める潔さを持つ。
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