体内の炎症が人の心に影響する?
私の手元には1冊の本があります。
"「うつ」は炎症で起きる(草思社2020)" 【1】
1年ほど前に購入したものの、興味が湧かず、他の書籍とともに本棚に並べてありました。
最近、依頼された資料を作るため、参考文献を探している際に再び手に取りました。
その内容は「いままで心と脳の病気だと考えられてきたうつ病は、実は体内の炎症が原因であり、近年その証拠が報告されている」というものです。
今回のお話は「病気の元になる炎症がヒトの心にも影響するかもしれない」
について書いていこうと思います。
病気になると、人は「いつまでこの苦しみが続くのだろう?」、
「治るのだろうか?」と不安になります。
現代の医学においてこの不安感は、病気になり、
それについて思い悩んでいたからそのような心境になったのであり、病気(細菌やウィルスが身体に作用し生理的に発生した状態)がこの不安感の原因ではない、と考えます。
これは身体と心は別々の独立したものであるという考え方で「二元論」と呼ばれています。
現代の医学はこの「二元論」を基に発展してきました。
しかし、近年、精神疾患の発症と慢性疾患の相互関係について
研究が蓄積されるにつれ「さまざまな疾患による免疫状態の悪化が、生理的作用を介して精神疾患を引き起こしているのではないのか?」
という概念が生まれ「神経免疫学」という分野が生まれてきています。
この考え方は先程の身体と心は別とする二元論に対し、身体と心は一体のものと考える「一元論」に基づいています。
「いやいや、それは無いでしょ」これが私の第一印象でした。
とはいえ、調べることが私の仕事でもあるので、早速文献を調査してみることにしました。
ところが「疾患名」と「うつ病(depression)」で検索すると、想像以上に多くの研究がなされていることが分かってきました。
弊社はせき・たん、ぜんそく薬の製造販売を通して成長してきた企業であることから、せきとうつ病で調べてみたところ「慢性の咳とうつ病の相互関係」という論文に辿り着きました【2】。
詳細は論文に譲りますが、概要を紹介すると以下のようになります。
" 私たちの調査結果は、慢性咳嗽の人は、喫煙や喘息などの一般的に関連する危険因子や併存疾患とは無関係に、抑うつ症状の負担が大幅に高いことを示している。
私たちの分析結果は、原因不明の慢性的なせきがうつ症状と関連していること示した。 "
その他にも次のような研究報告があります。
1)せきの持続期間が平均7年の55人の女性について
うつ症状に対するせき治療の影響を調べたところ、治療開始3ヵ月後と6カ月後のうつ症状は減少した。【3】
2)慢性せき患者81人を3ヵ月追跡調査したところ、せき治療によりせきの重症度とうつ症状の両方が良くなることを発見した。【4】
3)慢性の咳がない人と比較して、慢性の咳のある患者は、喫煙や肺機能の状態に関係なく、より重度の抑うつ気分を示していることを発見した。【5】
上記4つの研究報告をまとめると次のようになります。
"せき症状の原因となっている気管支の炎症が長引くと、体内において神経に影響し、うつ病を発症するかもしれない。
しかし、せきを治療すれば体内において神経に影響する炎症はなくなるため、うつ病は良くなる。"
以上の結果からだけでは、一元論に基づく「体内に炎症を抱えているとうつ病になる」
ことの根拠としては弱いかもしれません。
近い将来、うつ病の発見とその度合いを体内の炎症由来マーカーで簡単に判定できるようになることを期待します。
今後の研究開発が待たれます。
<参考文献>
【1】「うつ」は炎症で起きる エドワード=ブルモア著(草思社2020)
【2】Johnmary T. Arinze et al. The interrelationship of chronic cough
and depression : a prospective population-based study
ERJ Open Res 2022; 8: 00069-2022
【3】French CL, Crawford SL, Bova C, et al. Change in psychological,
physiological, and situational factors in adults after treatment of
chronic cough. Chest 2017; 152: 547-562.
【4】Dicpinigaitis PV, Tso R, Banauch G. Prevalence of depressive
symptoms among patients with chronic cough.
Chest 2006; 130: 1839-1843.
【5】Heo IR, Kim J-Y, Go S-I, et al. Chronic cough is associated with
depressive mood in women regardless of smoking status and
lung function. Clin Respir J 2021; 15: 753-760.
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