高齢者の医療費を上げる飲まれない薬の実態とは?【ポリファーマシー】
猛暑が続く8月、日本列島は熱波に包まれています。特に高齢者にとっては、脱水症状や熱中症のリスクが高まる季節。こうしたリスクに加え、日常的に多くの治療薬を服用する『ポリファーマシー』が、健康への影響を複雑化させています。
医療費の増加が止まらない!日本が抱える見えないリスク(2000~2024)
さまざまな努力により、何とか国家予算に占める医療費を抑えようとの努力がなされているものの、2024年の医療費は2000年の1.5倍以上となっています。このまま増え続けていくと、日本の医療財政は破綻すると警告されています。
医療費の推移(厚生労働省「医療費の動向」より)
ポリファーマシーとは?
< 定義 >
一般的には「5剤以上の併用」がポリファーマシーとされ、高齢者では「6剤以上」で様々な副作用のリスクが急増するとされます。
< 日本の現状 >
75歳以上の外来患者の約40%が5剤以上を服用しているとされ、また介護施設入居者の約60%がポリファーマシー状態であるとされます。
父親に処方された薬は16種類、でも実際に飲んでいるのは......
私の父は80代前半で、心臓弁膜症と胸部大動脈瘤を抱えています。しかし「副作用が気になる」と言って勝手に減薬しており、処方された16種類の薬のうち、実際に服用していると思われるのはわずか5種類です。
それも毎日服用しないことを考えると、いったいどのくらいの薬が無駄になっているのだろうと疑問を抱かずにはいられません。
16種類の薬は全て父の病状を安定させるには必須のものであるはずなのですが、一方で本当にこれがすべて必要なのか、と新たな疑問が生じているところです。
これに加え、父の現在も続く、数十年にわたる喫煙、飲酒、運動不足という生活習慣も改善されないまま、薬だけ増えていくという現状は、日本の医療として正しい姿なのか?と思ったことがこの記事を書こうと思ったきっかけです。
私も決して父の状況を放置しているわけではなく、病院での診察時には直接、主治医の前で父がきちんと薬を服用していない事を毎回伝えて、医師からも父に服用について指導してもらっています。
しかし外からどれだけ言っても、薬の残った袋を見るたびに、結局は「本人次第」であることを思い知るのです。「薬の価値」を学ぶ時期が人生のどこかで必要だったのかもしれません。
薬とのつきあい方、学ぶ時代へ。「薬育」の可能性
日本では早ければ幼稚園、そして義務教育課程において「食育」が進んでいることから、欧米に比べて極端な肥満の方が少ない、と言われています(つまり、食生活に気を使うため太っている人が少ない)。そうであるならばサプリメントや薬を取り上げる「薬育」を進めることで、薬のある生活に対する意識が高まっていくのではないでしょうか。そうすれば本当に必要な薬とそうでない薬を自分で判断し、副作用が怖いから減薬したり代替してほしいと医療関係者に相談できる人が増え、将来的にポリファーマシーから脱出できるのではないでしょうか。バランスの取れた食生活、バランスの取れた薬生活、食育でうまくいっている日本であれば「薬育」でも良い結果が出せると思います。日本ではすでに2003年から試験的に「薬教育(くすり教育)」が開始され、現在では小・中・高校生を対象に頻度や内容に差があるものの、教育課程に組み込まれています。これを受けた子供たちが高齢者になるころにはポリファーマシーの問題が改善されているといいですね。
ポリファーマシーまとめ
こうした「飲まれない薬」にかかる費用は、薬剤費だけでなく、処方や説明にかかる人件費も含めた時、全国規模で見れば膨大な金額になるでしょう。
もしその分の医療資源を、より必要とされる現場に振り分けることができたら・・・。そんな可能性を考える時期に、私たちは来ているのではないでしょうか。
高齢者の生活実態と医療のあり方。ポリファーマシーの問題は、単なる薬の数の問題ではなく、社会全体の構造や価値観にも関わる深いテーマだと考えます。
参 考
●症例9 かかりつけ医から糖尿病の管理目的で紹介され、高血圧、脂質異常症、肥満症を併せ持ち、多剤投与があるフレイルな85歳の高齢者の事例 | 事例集 | 専門医制度 | 一般社団法人 日本老年医学会
●小学校、中学校および高等学校における薬害教育の実態調査 /日本地域薬局薬学会誌 Vol.10, No.1, 1-13 (2022)
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